大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成9年(ネ)2769号 判決 1998年7月31日

京都府長岡京市開田一丁目一八番二七号

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

株式会社ボークス

右代表者代表取締役

重田英行

京都府亀岡市南つつじヶ丘大葉台二丁目七番一八号

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

重田英行

京都府亀岡市宮前町杭座原三番地

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

早苗裕彦

右三名訴訟代理人弁護士

野々山宏

坂田均

京都府向日市鶏冠井町北井戸三三番地

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)

生嶋毅彦

右訴訟代理人弁護士

小野健二

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  本件附帯控訴を棄却する。

三  控訴費用は控訴人らの負担とし、附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

二  附帯控訴の趣旨

1  原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

2  控訴人株式会社ボークスは、被控訴人に対し、原判決別紙広告目録一記載のとおりの謝罪広告を、株式会社ホビージャパン(東京都渋谷区千駄ヶ谷五-二六-五)発行の月刊ホビージャパンの定期版に、同目録二記載のとおりの条件で一回掲載せよ。

3  控訴人株式会社ボークス、控訴人重田英行は、各自、被控訴人に対し、金三六八万五〇〇〇円及びこれに対する控訴人株式会社ボークスは平成七年六月一七日、控訴人重田英行は同月一八日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  控訴人株式会社ボークス、控訴人重田英行及び控訴人早苗裕彦は、各自、原告に対し、金三一八万五〇〇〇円及びこれに対する控訴人株式会社ボークスは平成七年六月一七日、控訴人重田英行は同月一八日、控訴人早苗裕彦は同月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

5  附帯控訴費用は控訴人らの負担とする。

第二  事案の概要

(以下、控訴人を「被告」・被控訴人を「原告」と略称し、その他の略称は原判決の例による。)

事案の概要は、以下に付加・訂正する他は、原判決の「第二 事案の概要」のうち控訴人ら関係部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の訂正

1  原判決七頁一一行目「五頁」の次に「、弁論の全趣旨」を、同八頁八行目「二八」の前に「七、」を各加える。

2  同一二頁一二行目「一九」を「二〇」に改める。

二  被告らの主張

1  本件模型原型の著作物性

(一) 本件模型原型は原画の複製物であって二次的著作物と解すべきではない。

「複製」とは、既存の著作物に依拠しその内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することである(最高裁昭和五三年九月七日判決参照)が、この場合、特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致する必要はなく、既存の著作物の容姿・姿態などの個性的な特徴点若しくは基本的部分の具備が要点となる(最高裁平成九年七月一七日判決参照)。

(二) 原画における容姿・姿態などの個性的な特徴点若しくは基本的部分は、以下のとおりである。

(1) レッドミラージュ・フル装備(「フル装備」)

〈1〉頭部のレザーカッター(フル装備唯一の固定兵器)が曲線的な斧形状であり、頭頂部に剣状の突起がある 〈2〉背後に背負った火炎放射器(フレームランチャー)が二つの盛り上がったタンクの形状をしていて、簾上の過剰電力放出チェーンを備えている 〈3〉盾は左腕に装着され身体をカバーできる程度の大型であって、下部の長い菱形で表面に十字剣のマークが付されている 〈4〉足には重装用アイゼンが突起している等

(2) レッドミラージユ・ジョーカー三一〇〇(「ジョーカー」)

「フル装備」から火炎放射器を取り除いたものであるが、背後の肩及び腰から伸びるプロテクターの形状に特徴がある等

(3) ジュノーン初期型

〈1〉背面装備の紋様及び翼を広げた形状 〈2〉頭部の深めのヘルメット様の形状、肩の大きなパット、握りバー状のプロテクター、股間部の形状に特徴がある 〈3〉盾の表・裏、スカート状の腰の簾のモーターヘッドに特徴がある 〈4〉腕下部に先端の尖った装甲を装備している等

(4) クロスミラージュ

〈1〉頭部ヘルメットはパンツを逆さにかぶった形状で頭部先端にレーザーカッターと呼ばれる突起物がある 〈2〉スカートが左右二枚である 〈3〉ネット状のルーターベルに特徴がある 〈4〉肩パット状のプロテクターが花びら状である

(三) 本件模型原型は、以上(1)から(4)の個性的特徴点若しくは基本的部分をすべて具備しているから、原画の複製にすぎない。

(四) そもそも表現の多様性が限定されているジャンル(例えばプログラム著作物等)では、著作物性が厳格に解釈されるのが一般であるが、本件のように原画の再製若しくは原画への忠実性を目的とするジャンルで、原判決のような曖昧な基準で安易に二次的著作物性を認めるのは、その権利範囲を不明確にし業界に無用の混乱を招来するものである。

(五) 原判決は、被告会社とトイズプレス社との商品化権使用契約書において、模型原型に著作権が発生することを前提とした内容の条項があるとして、本件模型原型に著作権を肯定している。しかし、同契約書一三条二項は、「本件著作物の原型・原画・原稿等の複製物を製作するときは、その著作権並びに所有権は甲(注:版権元を指す)に帰属するものとする。」として、原型が「複製物」であることを前提としているのであって、右条項をもって原型に著作権を肯定する根拠とすることはできない。

2  被告会社とトイズプレス社との商品使用許諾契約においては再使用許諾は認められていなかったし、著作権等の権利が版権元に帰属するものと定められていた。原告は、永年被告会社に勤務し取締役にも在任していたから、右契約内容は熟知していた。こうした事情を熟知しながら本件模型原型につき著作者人格権を主張するのは権利の濫用であって許されない。

3  職務著作について

(一) 原判決は被告会社と原告との間に請負契約が成立していた根拠に報奨金制度の存在を挙げているが、被告会社としては、原告に対し給与面の改善を図るとともに、経験を積ませて原型制作能力を持たせようとの配慮から報奨金制度を設けたもので、外部造形師に委託するのと同列の条件で一定の能力を有することを前提に請負契約を締結したものではない。

原告に対しては、報奨金支払いの合意と職務上原型制作の職務命令があったのみである。

(二) 原判決は、昭和六〇年に被告会社と原告間で締結された合意を請負契約と判断したが、右合意は原告の給与面での待遇改善と社内造型師の養成という目的から締結したもので、外部造型師との業務委託契約とは性格を異にする。

(三) 原判決は、昭和六二年に被告会社と原告間で締結された合意(本件合意)についても、五〇〇個以下の部分をも含め全体として請負契約であると判断したが、右合意はあくまで他社に先行された「ファイブスター物語」を早急に商品化する緊急の必要からなされたもので、その商品化は社運を賭けた構想であったから、原告を厚遇することでその商品化を目指すために締結したものであった。

当時取締役であった原告も権利の帰属や著作者たる地位に全く関心を示していなかったし、明白に「請負」との文言を用いたり、権利を原告に帰属させるとの合意をすることなしに、右合意を請負契約と判断することは誤りである。

仮に、全体が請負契約となるとの判断を被告会社が有していれば、当然原告との間に業務提携契約書を作成していたはずであるし、五〇〇個以下の部分についても給与ではなく請負報酬としての経理処理をしていたはずである。販売個数が五〇〇個を超えない場合にはその対価は給与という他ないはずである。給与支払方法が出来高払いであってはならないという法はない。

原告退職後に報奨金を支払ったのも報奨金の性格上当然のことであるし、被告会社の税理士が確定申告にあたり原告の本件模型原型による収入を「事業収入」としたのは、税理士の判断であって被告会社の判断ではないから、いずれも本件模型原型の著作権が原告に帰属する根拠となるものではない。

(四) 右のように、昭和六〇年の合意も本件合意も、雇用契約上の義務の履行に関して締結されたものであって、本件模型原型の制作は職務上の著作というべきである。本件模型原型の著作者たる地位は被告会社に帰属する。

三  原告の主張(附帯控訴の理由)

1  原判決は、原告の損害(慰藉料)につき被告会社の販売した商品個数を基準として算定することを否定した。しかし、著作者人格権の侵害による損害額は著作財産権の発現と理解される販売利益とは別であるとすると、著作者人格権を侵害して利益を挙げた被告らに違法行為の結果を是認することになって全法秩序の観点から許されることではない。

また、原判決は、別件訴訟において訴訟上の和解が成立したことを斟酌した形跡が窺われるが、右訴訟は正規の許諾料に関するもので本件とは関連性がないから、それを斟酌するのは誤りである。

2  原判決は、弁護士費用を金銭債権の認容部分についてのみ認容しているが、差止請求認容部分についても同様に認容すべきである。

3  原告は、造型制作者としてガレージキット業界では著名であるから、同業界において社会的名誉・声望が存在したことは明らかである。したがって、被告会社の行為によってその名誉等が毀損されたことも明らかであるから、右名誉等の回復のため謝罪広告を認容すべきである。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、原告の本件請求は原判決主文の限度で認容すべきものと認定判断するが、その理由は、以下に付加する他は原判決の「第三 当裁判所の判断」のうち控訴人ら関係部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  本件模型原型の著作物性

1  漫画のキャラクターは紙面に各コマ毎に平面的に表現され、それを読者が連続的に読み取ることによって一定の容姿・姿態・装備等を備えた個性あるものとして判断し理解するものであるから、原作者が当該キャラクターに対して有しているイメージの全体像が常にすべて紙面に表現されるとは限らず、その表現されない部分は読者が自由に想像することに委ねられている。

したがって、右キャラクターを忠実に模型等の立体に制作しようとする場合には、制作者が、平面的かつ非連続的に表現された漫画の一コマ一コマから原作者の有するイメージに出来るだけ近いキャラクターの全体像を想像して把握し、かつ、紙面に表現されない部分についても表現された部分と齟齬のないよう想像力を働かせて把握することが要請されるから、右の作業は単に紙面に表現されたものをそのまま忠実に再現するのとは異なり、その平面に表現された内容から一定の想像力・理解力・感性を働かせて統一的な立体像を制作するという創造的作用を必然的に伴うものである。

そして、原作者が右キャラクターのサイズやバランス等を具体的に指定していない以上、模型等の制作者が原画のイメージや読者の人気等をも考慮して独自の解釈の下にそのサイズやバランス等を新たに創造することとなるから、その点においても二次元から三次元に転換する模型等の制作には制作者の思想や感情を表現する創作としての一面があることは否定できない。

2  本件についてこれをみるに、本件模型原型の制作が、同一の原画を立体化したものでありながら、他社製の模型原型と比較して独自の解釈や表現を有していることは、原判決三五頁三行目から同四〇頁七行目までに認定のとおりである。

してみると、本件模型原型は、漫画の原画を忠実に再現した複製というに止まらず、原告の造型師としての感性や解釈に基づく独自の創作作用、すなわち、思想・感情の創作的表現としての一面を有する造形物というべきであって、二次的著作物に当たるものということができる。

3  被告らは、本件模型原型の個性的な特徴点若しくは基本的部分は原画のそれと一致しているから、本件模型原型は原画の複製にすぎないと主張する。

右一致点が被告ら主張のとおりであるとしても、その一致は双方の個性的な特徴点若しくは基本的部分を言葉で表現した場合の一致にすぎず、原画が平面的に描写されているのに対し、本件模型原型が原画を立体化するにあたって制作者としての思想・感情を創作的に表現した一面を有することは前記のとおりであるから、右一致点があるからといって本件模型原型が二次的著作物としての一面を有することを否定することはできない。

4  本件において、原告が著作者人格権を行使することが権利の濫用に当たると解すべき事情は認められない。

二  法人著作(職務上の著作)の成否

被告らは、本件合意は給与の支払方法を一部出来高払いに変更したにすぎず、原告と被告会社との雇用関係を一部請負契約に変更したものではないとして、本件模型原型は雇傭契約上の義務に基き制作された職務上の著作に該当すると主張する。

しかし、本件合意の内容は、(1)原告の業務内容から店長業務を免除し、勤務形態をフレックスタイム制に変更する (2)本件模型原型の制作に対する報奨金として、五〇〇個を超える製品の販売額に一〇%を乗じた額を原告に支払う (3)右報奨金は原告が退職した後も販売額に応じて支払を継続する、というもので、右合意に基き原告に支払われた報奨金については、原告の所得税等の確定申告時に「事業(その他)所得」として給与所得とは区別して取り扱われていることは、原判決五一頁八行目から同頁一〇行目までに認定のとおりである。

ところで、原告は、本件合意に先立つ昭和六〇年頃から、給与の不足分を補うために、店長職を勤める傍ら、勤務時間外の時間を利用して模型原型の制作に携わるようになり、被告重田からも採用した作品に対しては報奨金を支払うことを約束されたことから、随時被告会社からの注文を受けて作品を仕上げ、それに対して被告会社から給与とは別に報奨金(売上商品高に一定割合を乗じた額)の支払を受けてきたことが認められる(乙二九、証人重田せつの原審第一回証言)

右にみられる模型原型の制作は、それが勤務時間外に行われていたことから明らかなとおり、雇傭契約上の義務に基くものではなく、原告と被告会社間の制作請負契約に基づくものと解する他なく、右報奨金は制作に対する報酬としての性格を有するものと認められる。

これに対し、本件合意は、従前の模型原型の制作が勤務時間外に行われていたのとは異なり、業界のヒット商品となった「ファイブスター物語」のキャラクター・ナイトオブゴールドを早急に商品化するために、原告の店長業務を免除しフレックスタイム制を取り入れて原告に模型原型の制作時間を確保するため合意されたものであることは、原判決四五・四六頁の(五)(六)に認定のとおりである。したがって、本件合意は、模型原型の制作に充てるべき時間をいつ確保するかの点で従前の取決めと異なる点はあるが、それも商品化を急ぐための措置であって、報奨金の支払に関しては従前の取決めと性格を異にしたと認めるべき事情は窺われない。

したがって、原告の勤務時間をフレックスタイム制に変更してもその職務内容は店長業務を免除しただけであって、模型原型制作を原告の雇用契約上の義務に変更したものということはできない。

また五〇〇個未満の製品については報奨金は支払われないものであったが、これは原告が被告会社の従業員であることを考慮し、原告がその利益を放棄したものと解せられ、この部分が職務上の制作に転換するものということもできない。

報奨金に関する前記税務上の処理は、重田せつも被告会社の経理担当責任者として承知していたものと窺われる(証人重田せつの原審第一回証言七六頁以下)が、右取扱いも本件合意の性格を裏付けるものというべきである。右処理が税理士の独自の判断でなされ、被告会社は与り知らなかったとの被告らの主張を裏付けるに足る根拠はない。

してみると、本件合意も従前の取決めと同様に雇傭契約とは別異の模型原型の制作に関する請負契約と解すべきであるから、本件模型原型が雇傭契約上の義務に基き制作された職務上の著作であるということはできない。この点に関する被告らの主張は採用できない。

三  原告の損害(附帯控訴)

1  慰藉料

原告の著作者人格権を侵害されたことによる損害(慰藉料)は、被告会社が本件模型原型を使用した商品の販売利益を基準として算定すべきではない。それを肯定すれば、著作財産権を有しない著作者でもそれを有する者と同様の損害賠償を受け得ることになるからである。そのように解したからといって被告らの違法行為の結果を是認することになるものではない。

2  弁護士費用

原判決は、「本件訴訟の内容その他一切の事情を考慮」して、本件著作者人格権の侵害と相当因果関係のある弁護士費用額を算定しているのであって、本訴請求のうち金銭債権の認容部分についてのみ算定しているものでないことは明らかである。

3  謝罪広告

著作者人格権の侵害にともなって著作者の名誉や声望が毀損され、金銭賠償でその損害の回復ができない場合、金銭賠償にかえ、又は金銭賠償とともに名誉又は声望を回復するために適当な措置を請求することができる(著作権法一一五条)。しかし、被告会社の原告に対する著作者人格権侵害行為により、原告の社会的名誉、声望が毀損されたと認めるに足りる証拠はない(なお、原告は原著作権者から本件二次的著作権の許諾を得ているものではなく、別件訴訟(当裁判所平成七年(ネ)五〇三号、一八三八号)において被告会社との間で本件模型原型を原著作者に引き渡すか、あるいはその廃棄を了承する等の和解をしていることを考慮すると、謝罪広告まで認めるのは相当ではない。)。

原告の被告会社に対する謝罪広告の請求は理由がない。

4  したがって、原告の本件附帯控訴はいずれも理由がない。

第四  結論

以上の次第で、本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないので棄却することとして、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成一〇年三月一一日)

(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官長井浩一は転官につき署名押印できない。 裁判長裁判官 小林茂雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例